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「Variation」の訳語から「変異」を排除すべきではない(意見文)


2017年9月に日本遺伝学会が発刊した遺伝学の新用語集『遺伝単』では、これまで使われてきた様々な遺伝学用語の訳語が変更になっています。たとえば、優性→顕性、劣性→潜性などです。報道によれば、遺伝学会は教科書の用語も改訂された用語に従って変更するよう文科省に求めていく方針ということでした。

今回改訂された用語の中には、遺伝学以外でも用いられる「変異(variation)」という用語が含まれていました。遺伝学会の新用語集では、これまで「変異」と訳されてきた「variation」が「(1)多様性、(2)変動」と訳されることになります。一方で、これまで「突然変異」と訳されてきた「mutation」が単に「変異」(あるいは「突然変異」)と訳されることになります。本改訂には前提として、「variation」が遺伝学用語であるという誤解が遺伝学会の用語集編纂委員会の人々のなかにあったようです。

しかし、歴史的には、「variation」は表現型を対象とする用語として使われてきており、チャールズ・ダーウィンの進化理論においても重要な概念のひとつです。「Variation」の日本語の訳語である「変異」は、明治時代に石川千代松(1891)『進化新論』で使われています。一方、遺伝学はBatesonによって1905年に定義づけられて始まったものです。つまり「variation」の訳語としての「変異」は、遺伝学そのものが誕生する以前から使われてきたものなのです。そして、「変異(variation)」は現在も遺伝学以外のさまざまな生物学分野で使われている用語です。高校教科書でも進化・生物多様性の項目で太字で扱われている用語であり、遺伝学の用語とは認識されていないといえます。そして、このように広く生物学分野で使われてきた「変異」という日本語が、「variation」を示すものから「mutation」を示すものに変わってしまうと、日本語文献の誤読が生じかねません。
また、これまで「diversity」の訳語として使われてきた「多様性」や、時系列的な変化を示す用語として用いられることの多かった「変動」という日本語の意味が一意に定まらなくなる問題も同様に生じてしまいます。

このように、遺伝学分野によるvariationの訳語変更(とくに訳語から「変異」を排除すること)は歴史的な正当性がなく、学術的にも混乱を招きかねないものです。今後も「variation」の訳語として「変異」を排除せず、残すことが望ましいと考えます。


本件について、詳しくは『哺乳類科学』2017年12月号に掲載された私の意見記事(「Variation」の訳語として「変異」が使えなくなるかもしれない問題について:日本遺伝学会の新用語集における問題点)をご覧いただければと思います。


本件については、さまざまな方面で訳語変更に問題があることには賛同していただけることが多いのですが、ふさわしくない用語は自然と消えていくので気にしなくても良い、という考えの方もいらっしゃるようです。しかし、一度オフィシャルな用語集が(一分野の学術団体からとはいえ)発刊されてしまった以上、初学者はそれに準拠して用語を使っていく可能性が高いでしょう。私自身はこういった問題に早いうちに対処しなければ取り返しのつかないことになりかねないと考えており、意見文をオンライン公開される『哺乳類科学』に投稿しました。自然史や生物多様性分野、遺伝学分野等で「variation」という概念を用いている方々におかれましては、利用される用語の選定に関しまして、こういった意見もご参照いただければ幸いです。


追記:本件につきましては、日本分類学会連合(25の学会が加盟)から日本遺伝学会に意見書「遺伝学用語改訂における『variation』の訳語についての意見書」が送られています(2017年12月30日付)。内容としては上記の意見文と似たものになります。意見書の中では、(他分野で使われている用語でもあり、社会に対する影響が大きい用語について、文部科学省に教科書の用語の改訂を要望することは)「一学会の価値観で決められるようなスケールの問題ではないと懸念しています」、「他の生物学分野で使われている用語の改訂については、該当する学問分野と十分な調整と合意が必要と思われます」、「仮に文部科学省に『要望書』を提出する場合は、少なくとも『variation』の訳語に『(3)』として100年以上にわたり使用されている『変異』を残していただけるよう、要望する次第です」といった文言が述べられています。


2017年12月26日記述
(2018年3月26日追記)

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