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ここはかつてコミケで細々とカモノハシの本を頒布していた個人サークルのサイトでしたが、この度、浅原正和公式サイトToothedplatypus.comとしてリニューアルしました。
哺乳類の歯・頭骨の形態進化
カモノハシ、食肉目 etc.
研究内容
食肉目臼歯形態の進化に関する研究
私は哺乳類のなかでも食肉目の臼歯形態の進化に注力して研究してきました。それは原始的なトリボスフェニック型臼歯の特徴を変化させつつ、多用な食性に適応進化していることが理由です。
この一連の研究で最も重要な論文が
Asahara et al. (2016) Unique pattern of dietary adaptation in the dentition of Carnivora: its advantage and developmental origin. Proceedings of the Royal Society B 283: 20160375.
です
この論文では、まず食肉目全体において臼歯形態が食性に応じてどう進化しているかを明らかにしました。なかでも裂肉歯(下顎m1)のトリゴニッド、タロニッドの比率、そして実験発生学から提唱された発生モデルInhibitory cascade modelが対象とする下顎臼歯の相対サイズに着目した解析を行っています。その結果、食肉目では発生モデルから幾分かずれた種間多様性(変異性)がみられることが明らかになりました。また、裂肉歯m1のトリゴニッド、タロニッドの比率と、下顎臼歯の相対サイズは相関して変化する傾向にありました。そして、それらはさまざまな食性に適応するのに有利な方向性を持っていました。遺伝子改変マウスの解析の結果、BMP7という遺伝子の変異でこのような方向性の変異が生じることがわかりました。これは発生モデルInhibitory cascade modelに関連すると思われる分子のひとつです。食肉目のなかで分子進化の解析(dN/dS比)を行ったところ、臼歯形態が雑食傾向になっているクマ科の祖先枝でBMP7のmature-domainのみが適応進化していることが明らかになりました。Mature-domainはシグナル伝達に直接関わる部位であり、選択圧が検出されなかったpro-domainは基質の拡散性に関わる部位です。おそらくクマ科の祖先枝で起きたBMP7分子のアンタゴニストとの親和性の変化(シグナル強度の変化)が臼歯形態の進化を引き起こしているのだと思われます(なお多くの食肉目では発現量の多寡によって形態が制御されているものと思われます)。
こうして、BMP7をはじめとするInhibitory cascade modelに関連する分子が、食肉目において食性適応に関連した臼歯形態の進化に影響していることが明らかになりました。また、Inhibitory cascade modelについては、BMP7のような拡散性の異なる分子の影響により、多様な臼歯相対サイズを生み出すことを明らかにできました。これによりモデルの修正と拡張を行うことができたと言えます。さらに、BMP7は臼歯自体の形態にも効いており、このような多面発現的効果が食性適応を促進したことが、食肉目が長い進化の過程でライバルであった肉歯目などに打ち勝った原因であると考えられました。(今回見つかったBMP7の多面発現的作用に基づくと、肉歯目は裂肉歯の部位の関係で、裂肉歯形態と臼歯相対サイズとがうまく食性適応に対応するように相関して変化できないのです。)本研究は機能形態学と発生学とを融合させることに成功した重要な研究と言えます。
また、本研究は手法面でも大きな意義がある研究です。この研究は博物館標本や解読されデータベース化されたゲノム情報、すなわち生物多様性から得られた知見を利用することで、進化だけでなく発生学的・遺伝学的知見を明らかにすることに成功しています。現代は博物館標本へのアクセスが容易になりつつあり、またゲノムの解読が多くの生き物で進んでいる時代です。このような中、本研究のような手法はさまざまな生物学的事象を明らかにする上で有益な手法ではないかと考えています。
関連した研究として、以下に食性と臼歯の相対サイズの関係をそれぞれ種間レベル、集団間レベルで論じた研究があります
イヌ科の種間レベル:
Asahara (2013) Unique inhibitory cascade pattern of molars in canids contributing to their potential to evolutionary plasticity of diet. Ecology and Evolution 3: 278–285.
タヌキの集団間レベル:
Asahara (2014) Evolution of relative lower molar sizes among local populations of the raccoon dog (
Nyctereutes procyonoides
) in Japan. Mammal Study 39: 181–184.
食肉目イヌ科においては、進化の過程で臼歯形態の数が変化する例がいくつか見受けられます。なかでも臼歯の数が多くなるという、哺乳類の中でも例外的な進化を遂げた例がオオミミギツネです。このような臼歯数の増減は、臼歯の発生モデルInhibitory cascade modelで説明できるようなのです。Asahara et al. (2016) Proceedings Bで議論したように、食性適応に応じた臼歯の形態とサイズの進化が起きたうえで、その延長線上に臼歯数の変化が起きたもののようです。
臼歯数の増減とInhibitory cascade modelとの関係を個体変異をもとに明らかにした研究もあります
タヌキ、ホッキョクギツネにおける下顎m3の減少に関して:
Asahara (2013) Unique inhibitory cascade pattern of molars in canids contributing to their potential to evolutionary plasticity of diet. Ecology and Evolution 3: 278–285.
タヌキ、コヨーテ、ハイイロギツネの個体変異からオオミミギツネにおける下顎m4の出現に関して論じた論文:
Asahara (2016) The origin of the lower fourth molar in canids, inferred by individual variation. PeerJ 4: e2689
.
食肉目ではないですが、以下の論文は前臼歯の減少があるモグラの分布域辺縁で多いことを論じた研究です。分布域辺縁はそもそもその種にとって活動しやすい領域ではないので、個体密度も低く、遺伝的浮動の影響が強く出るため、突然変異が蓄積してこのようなことが起こるのではないかと論じています。また、モグラの仲間は歯数の減少が進化の過程でよく起きていること、側所的種分化を起こしやすいことが知られています。このような地理的変異のパターンと、側所的種分化が合わさることで、歯式(歯数)の進化が引き起こされるのではないかという仮説を提示しています。
Asahara et al. (2012) Dental anomalies in the Japanese mole
Mogera wogura
from northeast China and the Primorsky region of Russia. Acta Theriologica 57: 41–48
.
※オープンアクセスではありません。別刷りが必要でしたらご連絡ください
こうした一連の研究から明らかになった臼歯形態と食性との関係から、化石種の食性推定を行うこともしています
タヌキの仲間の化石種の食性の変遷を推定:
Asahara and Takai (2016) Estimation of diet in extinct raccoon dog species by the molar ratio method. Acta Zoologica 98: 292–299.
新たに報告されたデータに基づいて時代ごとのさらに詳細な変遷を論じています:
Asahara and Takai (2019) Dietary transition in the
Nyctereutes sinensis
and
Nyctereutes procyonoides
lineage during the Pleistocene. Acta Zoologica 100: 216-217.
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